最高裁判所第二小法廷 昭和30年(オ)557号 判決 1956年7月20日
上告人(拘束者) 大村入国者収容所長
被上告人(請求者) 成永謨
被上告人(被拘束者) 成町子
主文
原判決を破棄する。
被上告人(請求者)の請求を棄却する。
本件手続費用及び上告費用は被上告人(請求者)の負担とする。
理由
上告人の論旨第二点について。
原判決の確定した本件拘束の事実関係の要旨は、被拘束者は昭和三〇年四月二五日入国警備官により、同年三月一五日附を以て東京入国管理事務所主任審査官が金孟児及び拘束者の両名に対する裁決に基いて発布した金孟児に対する外国人退去強制令書と同一用紙に被拘束者の氏名、性別、生年月日、続柄等を記載し右金孟児の随伴者として同人と共に退去強制を受くべき者であることを表示した外国人退去強制令書の執行を受けて東京入国管理事務所に収容され、引続き本国送還の配船準備を待つため大村入国者収容所に護送されて同所に金孟児と共に収容拘束されて居る、というのであるが、原審判示の「被拘束者が不法入国による退去強制処分の確定した朝鮮女性金孟児を母としてその不法入国後昭和二六年九月二二日本邦に於て出生した女児であること」その他の事実関係の下においては、本件は、人身保護規則四条にいう、拘束の権限なしになされていることが顕著である場合に当らないと認めるのが相当である。(昭和二八年(ク)五五号同二九年四月二六日大法廷決定参照)されば、本件退去強制令書が無効である旨判断して被拘束者の釈放を命じた原判決は、結局同条の解釈を誤つたものと謂わねばならないのであつて、この点において上告は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて、其の余の論旨については判断を省略し、かつ本件は当裁判所において自判するに熟するから、民訴四〇八条、人身保護法一六条一項、一七条、民訴九五条、八九条に則り、主文のとおり判決する。
この判決は裁判官藤田八郎、同池田克の意見を除くその余の裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官藤田八郎、同池田克の意見は次のとおりである。
原判決摘示の事実によれば、本件請求は人身保護規則四条の要件をそなえているものと認められるところであるから、その主張の当否について判断しなければならないのであつて(その理由の詳細については、昭和三〇年(オ)第八一号同年九月二八日大法廷判決の少数意見としての記載を此処に引用する)、多数意見のように、本件をもつて右四条にいう拘束の権限なしになされていることが顕著である場合に当らないとすることは正当でない。
ところで、原判決が被拘束者成町子に対する拘束が違法であると判断した理由の要旨は、出入国管理令五一条所定の退去強制令書には退去強制の理由を記載すべきことを定めており、その記載は重要な要件であるところ、本件の右令書には、被拘束者成町子に対する退去強制理由の記載を遺脱しているから、右は出入国管理令五一条の定める方式に著しく違反した無効のものであり、成町子の拘束は違法であるというのであるが、本件につき原判決の確定した事実によれば、被拘束者成町子は被拘束者金孟児の子で満三才の幼児であるため、これらの幼児の違反処理に関する法務大臣の通達に基き、同児に対する審理手続は一貫して金孟児の随伴者として処理せられ、本件退去強制令書にも随伴者として氏名、性別、生年月日が記載されていることが認められるところである。そして退去強制令書は、審理の結果退去を相当とする場合にその強制執行をするにつき発行されるものであるところ、随伴者として取り扱われた成町子については、令書発行の前提手続である出入国警備官の違反調書並びに法務大臣の裁決書に出入国管理令二四条七号に該当するものであることが明らかにされているのであるから、本件退去強制令書には、直接執行を受くべき金孟児に対する退去強制理由を記載するほか成町子につき前記のように随伴者として氏名、性別、生年月日を記載するを以て足ると解するのが相当である。
されば、本件令書が無効であるとして被拘束者成町子の釈放を命じた原判決は、法令の解釈を誤つた違法があり、本件上告理由第一点は、その理由があるものといわなければならない。
(裁判官 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎 池田克)
上告理由
第一点 原判決には、判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな出入国管理令(以下単に令と称す)の違背が存する。すなわち、原判決はつぎに述べる如く令第四十五条乃至第四十九条及び第五十一条の規定の解釈適用を誤つている。
原判決は、「出入国管理令所定の退去強制処分は退去強制令書を発布することによつて行わるべき行政処分であつて、審査、口頭審理、異議申立における認定、判定或は裁定等の手続はすべて右令書発布の前提手続にすぎないものと解すべく、同令第五十一条所定の右令書の要件はこれを厳格に解さねばならない。してみれば同条所定の要件中退去強制理由の記載は右令書につき極めて重要な要件であり、これが記載を欠く退去強制令書の発布による強制処分は同条所定の方式に著しく違反する処分にして無効と解すべきである。
してみれば被拘束者について退去強制の理由の記載を遺脱した本件令書による退去強制処分は前述の如く出入国管理令第五十一条の定める方式に著しく違反し被拘束者に対しては無効であつて、被拘束者は法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されていることに帰し、請求者代理人の其の余の主張について判断するまでもなく本件請求は理由がある。」と判示されている。
しかしながら、令所定の退去強制処分は、右判示の如き退去強制令書の発付によつて行われる行政処分ではなく、令所定の入国審査官の審査における認定、特別審理官の口頭審理における判定もしくは異議申立手続における法務大臣の裁決によつて行われる行政処分であつて、退去強制令書の発付は、右の処分が行政手続上確定した場合に、これによつて生じた法律関係の実現すなわちその執行(即時強制)をなすために行われる爾後手続にすぎないものであるから、本件における認定、判定、裁決の手続において本件被拘束者に対する退去強制の理由が明示されこれが通知されている限り、たまたま、その爾後手続たる退去強制令書に退去強制の理由の記載が脱落していても、この瑕疵は令書自体を無効ならしめるが如き重大な瑕疵あるものというべきではなく、従つてこれに基く本件拘束が法律上の正当な手続によらないものと解すべきではないと考える。
すなわち、
一、退去強制手続の構造上、当該容疑者が退去強制される法的地位は、審査、口頭審査または異議の申立における認定、判定または裁決によつて行政手続上確定される。
これを詳言すれば、まず、入国審査官は入国警備官より引渡をうけた容疑者が令第二十四条各号に該当する者であるか否かにつき審査をなし、その旨の認定をなすもので(令第四十五条)、当該容疑者が令第二十四条各号に該当しないと認定された場合は直ちに放免され(令第四十七条第一項)、同条各号に該当すると認定された場合は、同容疑者がこれを不服として特別審理官に対し口頭審理の請求を行わない限り、右認定の通知をうけた主任審査官により、同認定に基く退去強制令書が発付され、これにより退去の即時強制をうけるに至るのである(令第四十七条第二項、第四項)。このように入国審査官の認定によつて当該容疑者が放免され、或は退去強制の執行をうけるに至るものであるが、ただ、令は手続の慎重と容疑者の権利保護を期するため、右認定の爾後審査手続として入国審査官の認定につき特別審理官の判定を求める口頭審理の請求及び特別審理官の右判定につきさらに法務大臣の裁決を求める異議申立をなし得る途を容疑者に与えるとともに、これら不服申立の手続が適式になされている限りこれが結着に至るまでは当該認定または判定に基いて退去強制の執行をなさないこととしているのである。したがつて、右の爾後審査手続において、特別審理官が口頭審理の結果入国審査官の認定を相当と判定した場合は、法務大臣に対する異議申立をしない限り、退去を強制されるのであり(令第四十八条)、さらに法務大臣が異議の申立につき理由がない旨の裁決をした場合にはもはや行政上の手続においてこれを争うことは許されず、退去強制を余儀なくされるのである(令第四十九条)。これを要するに、当該容疑者が退去強制される法律的地位は、入国審査官の認定、特別審理官の判定または法務大臣の裁決によつて発生し、爾後の手続は単にその内容を実現するための執行手続にすぎないのである。
もとより、退去強制という人身に重大な影響をもつ手続であるから、その執行手続においてもそれ相当の慎重な手続が定められるべきは当然で、退去強制令書の発付が要求されるのもその一つの現われというべきである。
しかし、原判決のようにこの令書の発付をもつて基本的行政処分とし、認定、判定または裁決の手続をもつて単なる右の前提手続と解するのは誤りであつて、つぎの事柄よりも令書の発付が単なる爾後の執行手続にすぎないことが明らかである。すなわち、令書の発付は主任審査官から入国警備官に対し発付されるもので、それは入国警備官に対して当該容疑者を強制送還する権限と職責を付与するものと解すべきであるのみならず、主任審査官は入国審査官の認定または特別審理官の判定が確定した場合、または法務大臣の裁決があつた場合にはこれに拘束されて必ずすみやかに退去強制令書を発付しなければならないよう義務づけられているのであつて(令第四十七条第四項、第四十八条第八項、第四十九条第五項)、その間に事案の軽重その他諸種の事情を考慮して令書を発付するや否や、或はその時期等につき裁量をなす権限は全く認められていないのであり、また主任審査官としては何ら事案を実体的に審査検討することなく、単に形式的にこれを発付するにすぎないのである。
したがつて、かような性質の令書発付をもつて退去強制の効果を生ずる行政処分と解する原判決の誤りであることは明白であると信ずる。
なお、主任審理官のみが退去強制令書を発付する権限を有するのは、その執行の面との関係における事務処理上の都合から統一的に発付する必要があるため、しかく定められているにすぎないのである。
二、退去強制令書における退去強制理由の記載は、これを欠くことにより令書の無効を来すほどの重大な要件ではない。
退去強制理由は、事柄の性質上、退去強制を命ずる行政処分において明らかにするのが当然であつて、この行政処分において明示されている以上、爾後の執行手続においてこれを明らかにすることは左程重要性をもつものではない。
すでに前述したように、退去強制手続において容疑者に退去強制を命ずる行政処分は、入国審査官の認定、特別審査官の判定又は法務大臣の裁決がこれに該当し、退去強制令書の発付はこれら処分の内容を実現する爾後の執行手続にすぎない。そして右の認定、判定又は裁決の手続において退去強制理由を容疑者に明らかにすることは令自体においても明瞭に規定しているところであつて、すなわち、入国審査官の認定は理由を付した書面をもつて本人に知らせることを要し(令第四十七条第二項)、また、特別審理官の判定も法務大臣の裁決もそれぞれ本人に通知すべきものとされている。(令第四十八条第七項、第五十条第三、五項。)
しかして本件においても右に規定されるところに従い、本人に通知しているのであるから退去強制理由は既にその基本的行政処分において本人に明らかにされているのである。もつとも本件では令書への記載を遺脱し、その点において瑕疵あるものではあるが、これをもつて原判決の解するように令書自体の無効を招来するほどの重大な瑕疵とすることは甚だしく条理に反し、令第五一条所定の要件の解釈を誤つたものといわざるを得ない。
これ、ひつきよう、原判決が退去強制手続においてどの段階の行為が退去強制の行政処分に当るかの解釈を誤つたことによるものであつて、本手続の構造につき理解が欠けたものと評せざるを得ないのである。
三、本件被拘束者の如き幼児に対する退去強制手続における当事者の意思の欠缺の補充については、私法上の一般原則が適用されない。すでに、退去強制手続において容疑者に退去強制を命ずるものが入国審査官の認定、特別審理官の判定、法務大臣の裁決であることを前述したが、令は、当該容疑者が本件の如く意思無能力者である場合は、右の手続における意思無能力者の意思の欠缺の補充はすべて同人の事実上の保護者により行う建前を採つているのである。
すなわち、意思無能力者が令第二十四条各号に該当する者である場合、該意思無能力者に対する手続を有効に行うためには同人の意思の欠缺を何等かの方法によつて補充することが必要であるが、この場合、当該容疑者が意思無能力者であるか否か、また、意思無能力者である場合にその意思の欠缺の補充はその本国法によらねばならないとせんか、令の対象となるところの者は多種多様の外国人であるから、それらすべての国の法律によつて当該容疑者の能力及び法定代理人を確認することは入国管理事務所における事務処理上不可能であつて、このようなことは令の全く予想していないところであるのみならず、当該容疑者の法定代理人(同人の本国法によると我民法によるとを問わず)が本邦に滞在しない場合も生じるものであるから(実例においても、幼児の両親において本邦に不法入国する以前に該幼児を何ら親族関係のない知人に託して不法入国せしめたものの、その両親が種々の事情のため本邦に入国できなかつたような場合がある)、このような場合には、私法の一般原則による意思の欠缺の補充を行うことは不可能である。したがつて、退去強制手続における意思無能力者の意思欠缺の補充も、私法の一般原則によらねばならないとの理論を貫くときは、意思無能力者(実はその者が果してその本国法により意思無能者であるか否か確認することが難しい場合さえある)に対しては退去強制処分を行えないこととなつて、令の精神に全く反する事態を生じることとなる。
しかして、令は右の如き場合につき、特に明文を設けてはいないが、元来不法入国者を国外に退去させることは条理上国として当然のことで、令はこの場合に対処すべき唯一の法規であるから、かかる場合は何らかの方法により、令の手続上、私法上の意思の欠缺の補充と同様の効果を発生せしめ得るものと考えなければならない。ただ、退去強制処分が人身に重大な影響をもつ手続である面よりして、右の何らかの方法が所管行政庁の全くの恣意に委ねられず、一般的に見て該意思無能力者の権利保護に欠けるところなく、かつ所管行政庁に事務処理上の不能を強いることのない適切妥当な方法によらねばならないという制約を受けているのである。
このように考えるとき、意思無能力者に対する退去強制手続はその者を事実上保護している者につき行うことが一般的に最も適切妥当な措置というべく、したがつて当該意思無能力者を事実上保護している者が、法定代理人であると否とを問わず、私法上における法定代理人と同様に、令の手続においては該意思無能力者の意思缺駅を補充し得ると解する他ない。
しかして前述の如く該保護者が意思無能力者の法定代理人であるか否かを確認することは所管行政庁の事務処理上不可能なことであるから、当該保護者が意思無能力者の法定代理人である場合といえども、令の手続において意思の欠缺の補充を行うのは、その者が法定代理人たる地位においてするのではなく、却つてその者が事実上の保護者たる地位においてであると解すべきものと考える。
そこで本件についてこれを見るに、本件被拘束者に対する入国審査官の認定通知書には被拘束者に対する退去強制理由の記載がないが、右入国審査官に被拘束者を引渡した入国警備官の違反調査書には、これが明記されており、また右入国審査官の被拘束者に対する審査調書には被拘束者の違反事実についての審査が行われ、かつ被拘束者が退去強制をうけるのは該違反事実によるものであることが口頭で入国審査官より被拘束者の母親金孟児に伝えられているのであるから、本件退去強制処分の理由は、たとえ右認定書及び通知に記載されていなくとも自ら明白というべく、したがつて該認定処分は有効であり、しかして、その後、口頭審理及び異議申立の手続を経て法務大臣の裁決により本件退去強制処分が確定したのであるが、その裁決においては裁決書に被拘束者に対する退去強制の理由が明記され、その旨被拘束者の母親金孟児に告知されているから右確定の際、右当初の認定書及び通知書に退去強制理由の記載が脱落したことの瑕疵は治癒されたものと解すべきである。
以上の如く、退去強制令書の発付はすでに確定した退去強制処分(認定、判定または裁決)の執行のために行われる爾後手続にすぎず、したがつて令第五十一条所定の令書の記載はしかく厳格に解すべきではないから、これに反した原判決は、出入国管理令に違背した違法なものというべく、かつ、この違背は判決に影響を及ぼすこと明らかなものであるから、この点において到底破毀を免かれないものと考える。
第二点 原判決には、判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな人身保護規則の違背が存する。
すなわち、原判決は「本件退去強制処分は、退去強制令書に退去強制の理由が遺脱されているから、該処分は人身保護規則第四条本文にいうところの法定の方式に著しく違反していることが顕著である場合に該当し、また、該処分の取消を求める行政訴訟により本件拘束よりの救済をうけ得るとしても、この方法によつては、人身保護規則第四条但書にいうところの相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白である場合に該当する。」と判示されている。
しかし、つぎにのべる如く、右判示の見解は人身保護規則第四条の解釈適用を誤つたものであると考える。
一、本件拘束に関する処分は法令の定める方式、手続に著しく違反していることが顕著である場合には該当しない。
人身保護法は法律上正当な手続によらずして拘束されている者の身体の自由を迅速に回復するため、特に簡易迅速な手続によつて審理することを定めたものであるから、法律上正当な手続によらない拘束であることが、本法及び規則に定められた簡易迅速な審理に適する程度に明白なものであることが必要とされるものであつて、この趣旨を定めたものが人身保護法第一条及び同規則第四条本文である。従つて、同規則第四条本文にいうところの「……法令の定める方式もしくは手続に著しく違反していることが顕著である場合」とは、著しく違反していることが何人にも一見して明白な場合を指すもので行政処分の無効の要件としていうところの「重大かつ明白な瑕疵」とはその意味を異にするものである。そこで、本件についてこれる見るに、上告人の退去強制処分についての前述上告人の見解を、裁判所において誤であると判断されるとしても、上告人の見解もまた相当の合理的根拠が存するものであるから、この見解が誤であり原判決の見解が正しいということが一見して明白であるとはいえないと考える。しからば、結果的に上告人の前記見解が誤であり、退去強制処分は原判決判示の如く退去強制令書の発付によつて行われる行政処分であるとしても、それは通常の訴訟手続において慎重に審理されるべきものであつて、本法及び本規則の定める簡易迅速な手続による審理に適せず、本規則第四条にいうところの「……著しく違反することが顕著な場合」には該当しないものであると考える。そうすると、本件請求は人身保護規則第四条本文所定の要件を欠く不適当なものであるといわなければならない。
二、本件拘束は、退去強制処分の取消を求める訴訟によつて相当の期間内に救済の目的を達し得るものである。
原判決はこの点につき「……行政事件訴訟特例法第十条第二項本文所定の本件収容処分の執行停止がなされることがあつてもそれは判決確定までの暫定的な処分にすぎず、しかも本件につき右停止決定が未だ発付されていないことは弁論の全趣旨によつて認められるところである。
そうだとすると仮に終局的には右訴訟によつて本件救済の目的を達することが出来るとしても、前記の如く右行政訴訟によつては人身保護法による救済を得らるべき期間と比照して相当の期間内に救済の目的を達することができないことは明白であるから、本件請求は適法である」と判示されている。
しかし、人身保護規則第四条但書にいうところの救済の目的とは、現に不当に奪われている人身の自由を回復せしめることを指すもの、すなわち、不当な拘束をなしている実力支配より被拘束者を脱せしめることを意味し、該拘束をなしている処分の違法乃至は無効を確定せしめることを指すものではない。このことは本法第一条、同規則第二条によつて本法の精神が現に奪われている人身の自由の回復のみを目的としていることが明らかであること及び本法及び同規則に定めるその審理の手続が簡易迅速を建前とする構造をとつていることよりして容易に理解できるところである。
そうすると、本件被拘束者が本件拘束者の実力支配より脱し得るのは、あえて本件退去強制処分の取消を求める行政訴訟の本案判決の確定を俟つまでもなく、行政事件訴訟特例法第十条第二項本文所定の執行停止の決定があれば足るべく、正に人身保護規則第四条にいう救済の目的を達したこととなる。これが行政事件訴訟の終局の確定判決あるまでの応急の効力しか有しないものであることは、本件において人身保護事件の裁判による救済についても何等撰ぶところはない。
しかして、行政事件訴訟特例法第十条第二項本文所定の執行停止決定は口頭弁論を開かず、当事者の意見を聞いたのみでなし得るものであり、同法にはことさらに人身保護規則第十一条の如き審理の迅速を要求する規定は設けられていないが、処分の執行を暫定的に停止せしめる仮の処分であることの性質上迅速に処理されなければならないことが要求されていることは条理上当然のことであつて(実務においても迅速に処理されているのが実情であると上告人は認識している)。また、その手続はむしろ人身保護法の審理におけるよりもさらに簡易なものというべきであるから、本件請求者は、本件被拘束者の法定代理人として、右の執行停止の申立をなすことにより、人身保護規則第四条にいうところの相当の期間内に救済の目的を達し得るものといわなければならない。
したがつて、本件請求は人身保護規則第四条但書所定の要件を欠く不適法なものといわざるを得ないこととなる。
人身保護規則第四条所定の要件は以上述べたように解すべきであるから、これと反対の見解に立つ原判決は同条の解釈を誤つた違法なものというべく、しかも、この誤は判決に影響を及ぼすこと明かであるから、すみやかに破敦されるべきものと考える。